問題提起と展望いよいよ大学は、二極化と同時に拡散という言葉の中に飲み込まれつつあります。競争に勝つために大切なものをどんどんと削ぎ落としてしまった大学もどき=ゾンビの跋扈が危惧されます。 改めて、教育滅んで国破れるようなにならないことを願うばかりです。 いまこそ、大学職員は教育サービスを大局観という視座から、プロデュースできる人財になるべくそのミッション・パッション・アクションをしっかりと持っていくべきです。教員に対抗するのではなく、教員と共に学生を支援するための役割分担に忠実であるべきです。頭でっかちな評論家はいりません。大学が好き、学生さんが好き、だから頑張るという人間力と行動力のある“あったか大学びと”が必要となるのです。 3つのチームがそれぞれの視座から「学生の“が”」に肉薄します。
■参考 「大学学生教職員三輪車論」と“あったか大学びと”大学教員と職員の関係は、これまで多くの関係者は「教員と職員は車の両輪である」と言ってきました。確かに、一見すると正しい、またそう信じられてきましたが、学生サービスという視点が完全に抜け落ちています。大学の主人公は誰なのか。教員であると教員は思い、職員は教員のことにばかり気を遣い、学生対応に本腰を入れない職員の数は少なくありませんでした。 しかしながら、すでに大学全入時代に突入しました。いまこそ、時代に流されることなく原理原則を大切にすることが求められます。あらためて、学生教職員の関係は三輪車であるべきではないかと思います。 三輪車を運転するのは学生です。学生は持てる資質を最大限に活かすために自らペダルをこぎます。三輪車はなかなか前には進みません。初めて三輪車に乗った子供の多くは後ろに行ってしまいます。それでも、次第にハンドルさばきもうまくなり、前に進むようになります。ただし、後輪のバランスが悪ければ、どんなに乗り手が一所懸命こいでも三輪車は真っ直ぐには進まず、ダッチロール状態になります。要するに、学生を支援するという役割分担としての車輪は同じ大きさでなければならないのです。学生の努力を教員と職員が力を合わせて、1+1+1を4にも、5にも、いや無限大にするためにも職員も教員と車輪を同じ大きさにすべく努力を積み重ねる必要があるのです。 これからの大学職員は、学生のために三輪車の後輪としての役割分担をしなければならない。教育に対して無関心であってはならないし、学生を支援することにあっては教員と同等、いやいやそれ以上の役割、教育サービスのプロデューサーとしての役割を担わなければならなくなります。 三輪車には誰でもが乗ることはできます。しかし、小さな子供が上手く乗りこなすためには、両親なりお兄ちゃんなりお姉ちゃんなりが心を込めて応援する必要があります。乗りこなすためのアドバイスは“FOR”です。心を込めてもっと頑張れと支えることが“WITH”です。 そして、今年のキーワードである“あったか大学びと”は、“WITH”に大らかであったかい大局観を持って堂々とアクション出来る人のことなのです。 |