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よくキク (一所懸命)
心からホメル (十ほめ一ただす)
かならずカタル (一言以上)
皆でカンガエル (三人寄れば文殊の智恵)
どこまでもギビング (GIVE & GIVE)
FMICS GOKUN は大学をすこしでも良くしたいと願う FMICS人の約束
FMICS GOKUN は“まなびっと”の約束
プラス発想の積み重ねの28年間 FMICS人は
螺旋状的にミッション・パッション・アクションを束ねてきました
あったか大学びと宣言 FMICS 2008
“わたしたちは元気元気元気 大学が好き
わたしたちFMICS人は学生の“が”束ねて大学に新しい可能性の渦を創ります
今年も新宿と明治神宮が熱くなります
お仲間をお誘い合わせの上 ぜひ ぜひ ご参加ください
熱い想いを持ち続ける
足立 寛
| 今年3月に出された中教審答申「学士課程教育の構築に向けて」の中に、「職員の職能開発」に関して、以下のような文章があります。「専門性を備えた職員、アドミニストレーターを養成していくためには、大学としてFDと同様、学内外でのSDの場や機会の充実に努めていくことが必要である。職員に求められる業務の高度化・複雑化に伴い、大学院等で専門的教育を受けた相当程度存することが、職員と教員とが協働して実りある大学改革を実行していく上で必要条件となってくると言っても過言ではない」。ようやく中教審答申でも職員の重要性について指摘するようになりました。しかし、今の職員にまず必要なのは、専門性ではなく、大学を改革してやろうという熱い想いを恒常的に持ち続けることなのです。それがなければ、専門性を身に付けようという気持ちにもならないでしょう。FMICSはそれを20年以上も前から言い続けてきました。偉大です。
| 学生の「が」
岡村 浩
| | 学生の「が」とはじめて聞いた時、ちょうど「近世における「我」の自覚史」を読んでいたので、「が」とは「我」のことかと思った。よく聞いて見ると、学生の「が」とは、学生についての最も基本的なことだった。いろはの「い」の字も知らないのか、の「い」と同じだ。この最も基本的なことが往々にして忘れられがちなのである。
学生時代の私にはまず科学で社会に貢献したいという「志」があった。そのための「学びと教え」があった。同時に「青春」を謳歌し、「友人」ができた。最後にその結果として「職を得ること」ができた。感心した先生もいたが、普通の先生もいた。先生にほめられたという思い出は特にない。
学生の「我」もそれほど間違いじゃないような気がする。
そういう学生の「が」をどう受け止めるかが大学の鍵なのだろう。
| ひとと向き合う仕事の基本
落合 英樹
| | 編集者時代には抱えていた月刊誌の仕事の関係で、多くの人と出会いました。取材を成功に導くカギを握るのは情報力と観察眼。もっと端的に言えば、“この人はどんなひとなんだろう”と心の底から関心を持つことです。大学職員になって10年。思うのは「ひとと向き合う仕事の基本はどこでも同じなのだ」ということ。一人ひとりの学生さんに関心を寄せる、という姿勢がなければ、大学職員は単なる“事務屋”でしかないのです。だからこそ、学生の“が”を基点にしたテーマ設定は、格式ばった会合に並べられる、どんな言葉よりもズシリと重みを持って私たちの心に飛び込んでくるのでしょう。
今年のテーマは「わたしたちは学生の“が”を束ねます」。初めて参加させていただきますが、どんなディスカッションになるのか、今からとても楽しみです。
| 大学でこそ自信を
梶谷 拓史
| | かつての学生を私は直接知らない。小説等で間接的には知っているが、そこには誇張が含まれているに違いない。だが、思うことが一つある。それは、かつての学生と、いまの学生とは違うということである。
なにが違うのだろうか。それは恐らく、自信があるのか、ないのか、ということなのではないだろうか。というのも、いまの学生は、学生自体はなにも悪いことはないのだが、学生のくせに、ということばで突き刺され、ほぼ同い年の学生の間では空気を読むことが求められるのである。結果、いまの学生は塩をふられた青菜のようにしぼんでいるのである。
このようなことがこれ以上重なれば、18歳人口の半分が、これからはそれ以上が、大学に行く時代においては、日本にとって有害である。大学びとこそ、学生に対し、大学でこそ自信を持たせるべきである。
| “だいがくすきなんだびと”そして“あったか大学びと”へ
菊池 芳明
| | 今年のスローガンは、“WITHびと” から更に進化して“だいがくすきなんだびと”です。
昨今の時勢を反映してか大学職員が中心となる学会や研究会も色々と出来てきました。その最たるものが大学行政管理学会と国立大学マネジメント研究会ですが、これらとFMICSの両方に参加してみると随分と雰囲気の違うことに驚かれると思います。FMICSの特色は何と言っても一種の現場主義、一人一人が主体的に大学の現場に参画すること、それゆえに単なる知識や技術に止まらないプロフェッショナルとしての心意気を大切にすることにあると思います。単なる組織の歯車とならないためにも、組織を沈没させないためにも、組織と一緒に沈没しないためにも、大局観に支えられ、ミッションを忘れない、パッションを秘めた人材となることが求められています。6月28日にはそんな人たちが新宿に集まります。
| 命がけのあったかさには凄まじいやる気と根性が必要だ!
鈴木 匠
| | 先日、海音寺潮五郎の作品が大好きな私は、彼の小説の何に惹かれるのかを考えてみた。人として道理にかなう美しい生き方なのか、欺瞞と驕慢と姑息さを毛嫌いする姿勢なのか、はたまた時代に翻弄されない毅然とした人生観なのか、いろいろに魅力があって尽きることが無い。その中でも特に挙げたいのは、作中の人物をとおして、人は「志」を立てなければならないと強調していることである。「志を立てるとは、やる気を起こすということだが、やる気がないものはどうしようもない。」と断言している。
大学に勤めていると、日々の生活に流されやすい。学生といつも一緒だよと胸を張るためには、大学のミッションを鮮明にして、そのために目の前の学生に出来ることを何百回も自分に言い聞かせる。つまりは志を立てるということが大事なのだと思う。命がけのあったかさには凄まじいやる気と根気が必要だ。この頃の職員は、熱い心がない者や、頭でっかちな奴がやたら増えてきたように思えて仕様がない。
| 同じ目線で 向き合う姿勢で
萩原 可那子
| | “あったか大学びと”と「学生の“が”」について、学生の立場から考えさせていただきます。“あったか大学びと”はどうあってほしいか。私の理想は、私たち学生と同じ目線で物事を見て考え、そして向き合ってくれることです。決して学生に合わせるということではありません。学生一人一人を見ていただきたいのです。100人いればその100人分の色があります。その色をちゃんと見てほしいのです。ものすごく大変なことだと思います。でも、「大変だ」の一言で済ませてしまえばそれまでで…。学生はちゃんと見ています、感じています。職員や教員の方が快く私たちの声に耳を傾け、対応していだたければ、素直に“あたたかさ”や“うれしさ”を感じます。「職員だから、教員だから、学生だから、〜しなくてはいけない」というのではなく、相手の立場になって考えたとき、じゃあ自分ならどうしたいか、どうありたいかを考える必要があるのではないでしょうか。
真っ白なキャンバス(キャンパス)に、個性あふれる様々な色で一枚の絵を描いていけたらいいですね!!
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